やっぱり慰問はやめられねぇ

「マルロクマルマル、上野警察署前集合ッ!!」

被災地・気仙沼への慰問落語ツアーは、才賀師匠のこの号令からはじまった。
こんな書き出しではじめてしまうと、何がなんやらわからないだろうな、と思
いながらやっぱりこう書き出してしまった。この自衛隊用語を聞くと、師匠の
ライフワークである刑務所慰問ツアーにお供した日々を思い出し、おのずと身
が引き締まる思いなのだ。
自衛隊出身の師匠ならではの時間の呼び方があり、
マルロクマルマルは、0600、つまり朝6時のこと。
午後6時15分なら1815で「ヒトハチヒトゴー」になる。

師匠が被災地に慰問しに行く、と聞いて、「私も行きたいです!」と反射的に
答えていた。イソギンチャク、間違えた、コシギンチャクなのである。
師匠が慰問ツアーをやる(そこにネタが転がっている)と聞いて行かないマヌ
ケはない。それに、一度行きたかったのだ、被災地に。何もできない人間は行
くべきじゃない、とは頭でわかっていたが、この目で見てみたかった。

と、こんなときの師匠は素早い&心強い。
さすが全国52か所すべての少年院、74か所もの刑務所をのべつ慰問している
師匠なのである。
すぐに今回の慰問ツアーの主宰者である「ココロ寄席」の有坂さんに許可を
(ゴリ押しで?)取っていただき、同行することになったのだった。


刑務所ツアーの話が詳しく知りたい方!
『刑務所通いはやめられねぇ』をご参照くださいまし!


いざ出陣

6月11日朝5時。始発で上野警察署に向かった。
海上自衛隊出身の師匠は、5分前行動が基本。しかし、5分前では遅い。
30分前到着でもすでに師匠はタバコを吸って待っていた。

……遠目に見ても、師匠、やっぱりコワモテです……

ほどなくココロ寄席の有坂さんが「わ」ナンバーの車を回してきて、もうお一人、
柳家ろべえさんも到着し、一同出発した。



雨のスカイツリーに見送られ、一路、気仙沼へ。
……実はこのときに、会話を盗み聞きしてはじめて慰問先を知る。
(酔っぱらって慰問先をロクに聞いていなかったのです)
気仙沼って、あの、船が陸地に乗り上げてしまった海岸の映像がよく流れる、
あの気仙沼……。私なんかが行っていいんだろうか。
などとビビッていたのだが、さも平気です、な顔をして、
ときには運転も代わりながら6時間かけて現地に入った。


窓の外の景色

東北道の一関インターを降りて気仙沼駅を通り越し、まずは海岸を行ってみましょ
うと進むと、壊れた家屋が次々と現れ出した。海岸に進むにつれて、損壊がひどく
なっていく。
そして海岸に近づくにつれ、車の中に、においが流れ込んできた。




アスファルトを煮詰めたような、吐瀉物のような、製油のような、ヘドロのような、
澱んで腐った潮溜まりのようなにおいが、ときにはアスファルトのにおい、ときには
ヘドロのにおいと、空気を吸うたびにブレンドされて鼻にまとわりつく。
においの記憶が瞬時に残って、離れない。車の中でだ。
帰ってきた今も、あのにおいがよみがえるときがある。風が吹いてきたときは特に。
あの中では、今も様々な人が作業をしているのだ。

「がれきの撤去はどんどん進んでいて、目を見張るほどのスピードですよ」
という声を聞きながら、師匠を見ると、ずっと窓の外を眺めていた。



すみません師匠、完全に隠し撮りました。

11日、12日と2日間かけて、3か所で落語会を催したのだが、気仙沼市鹿折(ししおり)
にある興福寺さんから落語慰問をスタートさせた。興福寺さんには、つい先日まで被災
した方が避難していたそうだが、ちょうど仮設住宅などに移られた直後だった。次々と
来るお客さまは近所の人ばかりで、いかにもアットホーム。子どもたちははしゃぎまわ
り、大人たちは寄るとさわると談笑している。100人ぐらいいただろうか。


幻の至芸!「箱立の人」

自分たちで、そこにあるものを使って高座を作り、予定通り14時にろべえさんが高座に
上がる。演目は「平林(ひらばやし)」。みんなものすごく受けている。そのまま、
「たけのこ」という小咄。
私は出囃子テープ等の裏方担当のため、少し緊張。



イケメンな柳家ろべえさん


才賀師匠は、慰問のプロである。古典なんてやらない。師匠の体験談をもとにした
笑点45年の歴史」を語り出す。
誰でも知っていて、お年寄りも大丈夫、なオールマイティの話なんである。
やれ、円楽は馬だ、現司会者は禿鷹だ、とポンポン話が進む。
そのたびに、大爆笑が起こる。もう、転げ落ちんばかりの大受け。
子どもたちも興奮して師匠の前を走り回る。



高座も踊りも受けまくりの師匠。さすがです、いえ才賀です。


そして、今回の慰問のメインイベント、「箱立の人」がはじまった。
(本当の漢字を書くとちょっとあれなので、当て字にしました。北海道の歌です)
演歌界の神様と称される大御所が歌う歌詞に合わせて、篠原流の踊りを披露する。
もう、お腹を抱えて笑いすぎて、イスから落ちる人多数!(ほんとうです!)
あんまり内容を書くと、ネタバレになってもったいないので書かないが、
決して弟子を取ってはならない一子相伝の至芸なのである。


とにもかくにも、たいへん喜んでいただいた。私は特に何にもしていないが、
みんなが笑っていると、無性にうれしくなる。こちらも笑顔になっている。
演じている本人はさらにやりがいを感じるんだろうと思う。
それよりも何よりも、終わった後、
「3月以来、はじめて腹を抱えて大声で笑ったよ、ありがとう!」
と言われたのが、何よりだった。特に私はなにもしていないが(しつこい)、
プロの笑いを届けるというこの試みが、もっとさまざまに広がればいいと思った。
がんばれ、「ココロ寄席」!


才賀師匠は、四半世紀以上、沖縄の少年院を皮切りに、全国の刑務所や少年院、
老人ホームを回り続けてきて、今なお、精力的に刑務所通いを続けている。
今回の爆笑に次ぐ爆笑を見て、師匠がなぜ慰問を続けているのかが、ちょっとだ
けわかった気がした。
……今度の末廣亭7月中席の昼のトリで出る師匠を必ず観に行こうと思った(宣伝です♡)。

ちなみに、寄席では特別に「箱立の人」やるそうですよ!


〈文責:zero事業部課長補佐代理心得(の座を狙う)田中〉